浅川 智恵子
視覚に障害がある人の情報利用と移動を支える技術を研究する。IBMでホームページリーダーを開発し、CMUとの共同研究では移動の支援へ広げてきた。日本科学未来館の館長として、体験と対話から未来を考える場も担っている。
制度を考えること、地域で活動すること、生活の中の課題を言葉にすること。社会・公共に関わる人物の取り組みを、活動の背景とあわせて紹介します。発言の対象や前提を出典で確かめながら、同じ課題に対する異なる視点を探せます。
視覚に障害がある人の情報利用と移動を支える技術を研究する。IBMでホームページリーダーを開発し、CMUとの共同研究では移動の支援へ広げてきた。日本科学未来館の館長として、体験と対話から未来を考える場も担っている。
子どもの貧困、格差と社会保障を研究する東京都立大学教授。子ども・若者貧困研究センター長を務め、『子どもの貧困』などの著書でも問題を伝える。調査と共同研究を通じ、暮らしの条件と支える仕組みを考えている。
雲の成り立ちと、豪雨・大雪を調べる気象学者。気象研究所で予測に役立つ研究を進め、市民が撮る雪結晶の写真も観測につなげる。『すごすぎる天気の図鑑』や講演では、空の面白さから気象情報に親しむ入口をつくっている。
『カケラ』『0.5ミリ』を監督し、高知を拠点に映画館や子どもとの映画づくりを進める。キネマ ミュージアム代表、NPO地球のこども理事。2026年に高知健康科学大学客員教授となり、映画を観て語る学びにも携わる。
打ち放しコンクリートと光を用いた空間で知られる建築家。大阪に安藤忠雄建築研究所を設立し、住吉の長屋、光の教会、直島の美術館などを手がける。東京大学名誉教授として、設計に加え、展覧会や文化の場づくりにも関わる。
国際開発と環境の課題を、経済の仕組みから考える東京大学の特任教授。財務省、IMF、世界銀行を経て地球環境ファシリティのCEO・議長を務めた。現在はグローバル・コモンズ・センターで、大学と企業・行政の協働を進める。
石川佳純は、五輪3大会で団体メダルを獲得した元卓球日本代表。2023年の引退後は、スポーツキャスターや卓球普及に活動を広げている。競技環境に合わせて打法を見直した経験と、取材される側から取材する側への転換を追う。
人や社会の豊かさを、データと対話で考える予防医学研究者。財団Well-being for Planet Earthの代表理事を務め、Gallupとの共同研究にも携わる。著書や取材では、多様な価値観と自分で選ぶことを考える。
子どもとメディアを研究し、つくって学ぶ場を企画する。MITメディアラボでの経験からCANVASを設立し、遊び、表現と協働のワークショップへ取り組んできた。慶應義塾大学教授・KMD研究所長として、技術と学びの環境を考える。
人や地域が持つ資源を分かち合うシェアリングエコノミーの普及に取り組む。企業での仕事を経て、2018年にPublic Meets Innovationを設立した。協会の代表理事として、地域での共助や政策を考える学びにも関わっている。
微細藻類のユーグレナを食品や燃料などに使う会社を共同創業した経営者。東京大学農学部と銀行勤務を経て、2005年に起業した。現在はユーグレナ社長として、研究を事業につなぎ、栄養支援やエネルギーの仕事にも関わる。
身体の違いと、他者の経験を考える美学者。『目の見えない人は世界をどう見ているのか』などを著し、取材と研究から身体の多様なあり方を伝える。東京科学大学教授、DLab+ディレクターとして研究と教育に携わる。
稲垣えみ子は暮らしと働き方を自身の経験から綴るフリーランサー。朝日新聞社で論説委員、編集委員などを務め、2016年に50歳で退社した。東日本大震災後の節電や家電を減らす生活を通じて、自分に必要なものを問い直してきた。著書に『魂の退社』『寂しい生活』『買わない生活』などがある。
産婦人科医。2024年に渋谷でInaba Clinicを開院し、院長を務める。診療に加え、みんパピ!でHPVに関する情報を伝えてきた。受診の敷居を下げる場づくりと、必要な情報を広く届ける活動に取り組んでいる。
レースとモビリティ事業に取り組む。1999年に競技を始め、2014年の富士6時間レースではLMP2クラス3位となった。現在はFutureの代表として電動車両の事業を進め、Women in Motorsportでも活動している。
医師で登山家。大学の山岳部で岩登りを始め、マッターホルン、アイガー、グランドジョラスの北壁を登った。登山の経験を著書や講演で伝え、自然環境への関心を広げてきた。2026年も生涯学習の講演に登壇している。
女性学・ジェンダー研究と、家族やケアの社会学に取り組む研究者。東京大学名誉教授、ウィメンズアクションネットワーク理事長を務める。著書や講演を通じ、暮らしを支える労働と、人が学び続ける条件を問いかけている。
マリ出身の研究者。中国での留学を経て日本へ来て、京都大学で建築を学んだ。京都精華大学では教員、学部長、学長を務めた。人と空間の関わりを研究し、現在は東京都公立大学法人の国際担当理事などを担っている。
内田樹はフランス現代思想や教育、武道を論じる思想家。大学で研究と授業に携わり、神戸の学塾・道場「凱風館」を主宰する。2026年から学校法人神戸女学院理事長。自分の知識の範囲を知る読書や、考えを修正する姿勢について語る。
東京大学FoundXでスタートアップ支援と起業家教育に取り組んでいます。日本マイクロソフトを経て2016年に東京大学へ移り、本郷テックガレージの立ち上げを担当しました。『解像度を上げる』『仮説行動』などの著書や公開資料を通じ、課題を具体的に理解し、試行錯誤から学ぶ方法を伝えています。
地球温暖化を研究し、気候変動への取り組みを社会と考える気候科学者。国立環境研究所を経て東京大学の教授となり、IPCCの報告書づくりに参加してきた。市民との対話では、生活の工夫と社会の仕組みの両方を論じる。
ポーラで商品企画や営業を経験し、2020年から2024年まで社長を務めた経営者。対話と働く人の主体性を考える活動を続けている。現在はToget-HER代表理事やマツダ社外取締役として、組織と多様性の課題に関わる。
患者の視点から医療や介護の仕組みを考えるMEDIVAの創業者。大阪大学と米国での学び、コンサルティングの仕事を経て、2000年に会社を始めた。医師や現場の人と協力し、診療所や病院、地域の取り組みに関わる。
地震学の知見を、学校や地域で人が判断できる防災教育へつなぐ研究者。北海道大学と東京大学大学院で学び、慶應義塾大学環境情報学部准教授として、災害科学の伝え方や教職員の訓練を研究している。
人の選択や働き方を実験・データで考える経済学者。行動経済学と労働経済学を研究し、感染症への情報発信や政策の検証にも取り組む。身近な疑問から研究を始め、経済学の考え方を社会へ伝える本も書いている。
日本代表を二度率いたサッカー指導者で、FC今治を運営する今治.夢スポーツの会長。札幌、横浜、中国のクラブで監督を務め、2014年に今治の経営へ移った。選手の育成に加え、スタジアムと地域のつながりを考えている。
タンザニアの商人や香港の重慶大厦を調査してきた文化人類学者。『都市を生きぬくための狡知』『チョンキンマンションのボスは知っている』などを著す。立命館大学教授、学校法人立命館副総長として研究と教育に携わる。
使いにくさや参加しにくさをサービスの設計で扱うミライロの創業者。立命館大学在学中に会社を始め、研修やミライロIDなどへ事業を広げた。現在は同社の社長として、異なる人の視点を商品や場づくりにつなぐ仕事を続ける。
片岡真実は、森美術館の館長でキュレーター。東京オペラシティアートギャラリー、森美術館、国際芸術祭で展覧会づくりに携わってきた。作品と歴史、地域と世界をつなぎ、異なる背景を持つ人が協働する場を考えている。
日本が戦争へ進んだ過程を、史料から研究する日本近現代史の研究者。東京大学で研究と教育に携わり、『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』で小林秀雄賞を受賞した。著書と対話を通じ、歴史を考える問いを読者に伝える。
松尾綜合法律事務所の弁護士、公認不正検査士。フジテレビのアナウンサーとして働きながら夜間の法科大学院で学び、2011年に弁護士登録した。企業法務を担うほか、知的財産を学び直し、相続や終活の書籍では編著を務める。
車いすテニスで、パラリンピックの男子シングルス金メダルを三度獲得した元選手。2022年のウィンブルドン優勝で、四大大会とパラリンピックを全て制した。2023年に引退し、米国での指導を経て、育成や普及に関わっている。
1993年から2016年までNHK「クローズアップ現代」のキャスターを務めたジャーナリスト。英語ニュースや国際報道を経験し、一つの問題を複数の立場から伝えてきた。現在は東京藝術大学の理事を務め、社会課題の対話にも関わる。
小児科医の経験と自身の身体の経験を、当事者研究へ結ぶ。東京大学先端科学技術研究センターで、困りごとを言葉にし、仲間と考える研究を進める。『リハビリの夜』を著し、依存できる関係と社会の環境を考える活動を続ける。
障害の有無や専門の違いを越え、共にものをつくり、表現する場に取り組むアートプロデューサー。SLOW LABELを始め、ヨコハマ・パラトリエンナーレやSLOW CIRCUSを企画。舞台に参加できる条件を、制作と支援の両面から考える。
半導体の回路とチップ同士をつなぐ技術を研究する工学者。東芝、慶應義塾大学、東京大学で開発と教育に携わり、現在は熊本県立大学の理事長を務める。研究だけでなく、企業と大学を結ぶ場づくりにも取り組んできた。
小島慶子はエッセイスト、メディアパーソナリティ。1995年にTBSへ入社し、2010年に独立した。ラジオ、執筆、講演で活動し、働き方やジェンダー、メディアと社会の関係を考える。文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ!」の火曜レギュラーも務める。
人と機会を組み合わせるルールを、経済学と数学で研究する研究者。米国の大学で研究し、現在は東京大学でマーケットデザインの研究拠点を率いる。理論だけでなく、現場の制度や参加する人の行動を考える研究を進める。
多様な背景の高校生が共に学ぶUWC ISAK Japanの設立に携わった教育者。大学院での学びやUNICEFでの経験を経て、支援者や仲間と学校を準備し、2014年に開校した。現在は代表理事として、学校と教育の活動に関わる。
教育とテクノロジーを研究し、東京学芸大学大学院で教える。リクルートのスタディサプリ教育AI研究所所長でもある。国会議員や企業の秘書などの仕事を経て教育の研究へ移り、旅や資格、自身の大学院での学びも発信している。
マルクスの思想と環境問題を研究する、東京大学大学院総合文化研究科准教授。『人新世の「資本論」』などで、経済成長と暮らしの関係を一般の読者にも問いかける。研究と執筆を通じ、ケアや自然を含めて社会の生産を考えている。
音楽家・作曲家(1952〜2023年)。1978年にソロ作品『千のナイフ』を発表し、YMOの活動にも参加した。電子音楽、映画、ピアノ、音と映像の作品を行き来し、演奏する人や技術によって変わる音に関心を向けた。
澤田智洋はコピーライター、世界ゆるスポーツ協会代表理事。スポーツが苦手だった自身の経験を踏まえ、年齢や運動の得意不得意にかかわらず楽しめる競技を仲間と開発している。一人の身体の動きや困りごとを起点に、用具やルールを考え直す。言葉で方向を示すコンセプトづくりを、スポーツや福祉の仕事へ広げてきた。
歌手としてデビューし、自らの衣装制作からデザインへ活動を広げた。STUDEOを共同設立し、アーティストの衣装、企業の制服や商品を手がける。革の端材を用いた着物や間伐材のバッグなど、素材を調べ、形を考える仕事に取り組む。
建築と都市、人や自然の関係を考える米国の建築家。Studio Gangを設立し、シカゴのAqua Towerやニューヨークのギルダー・センターを手がける。文化施設や住まいの設計に加え、既存建物を生かす研究と執筆にも取り組む。
エシカル協会を設立し、人や自然への配慮を日々の買い物と結び付けて伝える。テレビの取材を経験し、2010年から講座を開いてきた。現在は協会の代表理事として、講演、教材、政策への提案を通じて学ぶ場をつくっている。
映像や装置を使い、技術と社会の前提を問い直すアーティスト。生理マシーン、タカシの場合。や運命の赤い糸を紡ぐ蚕などを発表した。MITでの研究・教育を経て、Cradleを設立し、多様な働き方にも取り組む。
生産者と消費者をつなぐ事業をつくる経営者。岩手県議から転じ、食材と生産者の物語を届ける「東北食べる通信」、産直サービス「ポケットマルシェ」を始めた。都市と地方の間に継続的な関係をつくることを考えている。
武田砂鉄は、コラムやインタビュー、書籍構成などを手がけるライター。出版社勤務を経て2014年に独立した。世の中に流れる言葉や、ひとまとめにされる人物像への違和感を出発点に書き、ラジオでも問いを交わす場を探っている。
防災や地域、環境の課題をデザインから考えるデザイナー。NOSIGNERを設立し、OLIVEや東京防災などに関わる。著書『進化思考』で創造の方法を伝え、慶應義塾大学特任教授として、気候変動への適応と創造性も研究する。
男子400メートルハードルで2001年と2005年の世界選手権銅メダルを獲得した元陸上選手。2012年に現役を引退し、スポーツや学びについて発信してきた。2026年から東京大学先端科学技術研究センターの教授を務める。
企業の広告と社会に向けたメッセージを企画するクリエイティブディレクター。arcaを設立し、女性の健康や働き方を考えるLadyknowsなどに取り組む。テレビでの発信や難民支援の現場での学びも、活動に重ねてきた。
人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチの日本代表。東京大学で法学を学び、弁護士として難民支援などに携わった。2006年に同団体へ参加し、日本での活動を担う。調査で問題を伝え、政府や社会に制度の改善を働きかける。
2017年から国連の軍縮担当上級代表を務める国際公務員。難民支援や民主化支援、平和維持活動、危機対応の仕事を経験した。軍縮を紛争予防と対話に関わる課題として説明し、加盟国の議論を支える役割を担っている。
京都で100食限定の飲食店「佰食屋」を始めた経営者。現在はminittsの代表と石井食品の社外取締役を務める。売り切る数量と働く時間を先に考える店づくりを発信し、その後は食品会社との共同開発にも活動を広げた。
光と素材、人が集う場の関係を考える建築家。永山祐子建築設計を設立し、豊島横尾館やJINS PARK 前橋、万博のパビリオンなどを手がける。建物の改修や部材の再利用にも関わり、2025年に『建築というきっかけ』を刊行した。
ローソンとサントリーホールディングスの経営に携わった経営者。三菱商事を経て2002年にローソンの社長となり、2014年にサントリーへ移った。2025年9月にサントリー会長と経済同友会代表幹事を退任した。
感染症が広がる仕組みを、データと数学のモデルで調べる理論疫学者。海外と日本の大学で研究を重ね、新型コロナの流行時には科学的助言に携わった。京都大学で、健康危機の情報を解析する研究を進める。
車、人、物流などの流れが滞る仕組みを調べる研究者。数学のモデルと現場の観察を組み合わせる「渋滞学」を提唱し、道路だけでなく、工場や物流、人の動きにも研究を広げている。
メイクとアート、仏教の教えから、自分らしく生きることを伝える。米国で美術を学び、メイクの仕事を経て僧侶となった。著書『正々堂々』や講演で発信し、2026年に佛教大学客員教授へ就任、現代美術の初個展も開いた。
若い世代の政治参加に取り組む社会活動家。2019年にNO YOUTH NO JAPANを立ち上げ、2022年にFIFTYS PROJECTを始めた。SNSでの発信に加え、地方議会への立候補を支える活動を進めている。
長谷川眞理子は、動物の行動を観察し、進化の視点から人間を考える自然人類学者。専修大学、早稲田大学、総合研究大学院大学で研究と教育に携わり、同大学の学長を経て、2023年から日本芸術文化振興会理事長を務める。データによる検証と、異なる考え方の背景を理解する対話について発信している。
新聞記者から雑誌・オンラインメディアの編集長を経て、独立したジャーナリストです。女性の働き方や職場の問題を取材し、若い世代にニュースを届ける編集にも取り組んできました。現在は執筆や講演に加え、デジタル時代のジャーナリスト育成に関わっています。
林千晶は、株式会社Q0の代表取締役社長で、ロフトワークの共同創業者。FabCafeやヒダクマに関わった経験をもとに、地域の人と都市の知見をつなぐ。仕事の速さと地域の納得をどう両立するかを、飛騨と秋田の実践から考えている。
『東京ノート』で岸田國士戯曲賞を受賞した劇作家・演出家。青年団を主宰し、国際共同公演や演劇を使った対話の教育に取り組む。豊岡を活動拠点とし、芸術文化観光専門職大学学長と青森県立美術館館長も務めている。
『日蝕』で芥川賞を受賞した小説家。『ある男』『マチネの終わりに』など、人の関係と社会を描く作品を執筆する。相手や環境ごとに異なる自分を「分人」と捉える考え方を提唱し、文学や芸術の批評・対話にも活動を広げている。
盲ろう者の立場から、言葉と対話、社会参加の条件を研究する。東京大学先端科学技術研究センターでバリアフリー研究を進め、指点字を通じて周囲と対話する。自身と支援者の記録をもとに、当事者が主体となる研究を考えてきた。
英国ブライトンで暮らすライター・コラムニスト。保育の現場や日々の生活をもとに社会を描き、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』などを著した。近年は小説や若い読者への本、女性の連帯を扱う執筆も続ける。
星野リゾートの代表。ホテル経営を学び、1991年に星野温泉の経営を担った。軽井沢から各地の宿泊施設の運営へ活動を広げ、「星のや」「界」「リゾナーレ」などを展開する。地域の魅力と、旅行者が選ぶ体験を結ぶ経営を考えている。
サバクトビバッタの生態を、アフリカの現場で調べる研究者。野外での観察と実験を重ね、繁殖や体温調節の仕組みを研究する。『バッタを倒しにアフリカへ』などの著書では、研究と生活の過程を一般の読者に伝えている。
機械やロボットの研究から、人の幸福を調べる研究へ活動を広げた工学者。慶應義塾大学でシステムの設計と教育に携わり、現在は武蔵野大学で学部・研究科を率いる。著書や取材では、幸福を考える研究と学びの方法を伝える。
教育の格差を、調査データから研究する教育社会学者。『教育格差』などの著書で、家庭や地域の条件と、子どもの学びの機会を考える。龍谷大学社会学部教授として、研究と教育に携わり、政策を検証する必要を伝えている。
松本紹圭は、僧侶でInterbeingのCWO・共同創業者。寺院の運営を学ぶ未来の住職塾、朝掃除の会、音声配信、翻訳を通じて仏教の知恵を社会へ開く。日々の習慣と、自分の生涯を超える時間軸を結び付けて考える。
公共部門が新しい技術や産業の形成にどう関わるかを研究する経済学者。UCLで研究と教育に取り組み、IIPPを創設した。公共・民間・市民が目的を共有し、価値と利益をどう生み分けるかを著書や取材で論じている。
医療や社会のデータを、よりよい選択と仕組みづくりに使う研究者。慶應義塾大学で医療政策を研究し、医療の共同データベースにも携わる。2025年大阪・関西万博ではテーマ事業を担当し、現在は大学づくりにも関わる。
大学のコンピューター同士をつなぐ研究から、インターネットの発展に関わってきた研究者。JUNETやWIDEプロジェクトを立ち上げ、大学で研究と教育を進める。著書や対話では、技術を人がどう使い、次の世代へ渡すかを考える。
村木厚子は、労働・福祉行政と市民活動の両方から、制度と暮らしの間をつなぐ仕事を続けてきた。厚生労働事務次官を経て、2023年に全国社会福祉協議会会長へ。現場で学ぶ姿勢、若者への伴走支援、刑事司法改革への提言をたどる。
資金を必要とする活動と支援者をつなぐREADYFORの創業者。2011年にクラウドファンディングを始め、継続寄付や資金調達の支援へ広げた。現在は同社CEOとインパクトスタートアップ協会代表理事として、事業と社会課題に関わる。
アフリカの野生ゴリラを調査し、人間の社会と進化を考えてきた霊長類学者。京都大学総長を経て、総合地球環境学研究所所長を務める。研究と著書、文学者との対話から、人が集まり、互いに関わることを問いかけている。
家族法・英米法を研究する法学者。東京大学を卒業して財務省、法律事務所を経験し、Harvardで学んだ後に博士号を取得した。信州大学特任教授、ZEN大学教授として研究・教育を行い、読書や仕事の経験を取材と書籍でも語る。
途上国の素材と職人の技術を使うMOTHERHOUSEの共同創業者でデザイナー。バングラデシュで学び、2006年に会社を始めた。バッグからジュエリー、衣服へ仕事を広げ、現在も経営と各ブランドの商品づくりに携わる。
2010年にスペースシャトルで国際宇宙ステーションへ飛行した元JAXA宇宙飛行士。東大で航空宇宙を学び、「きぼう」の開発と宇宙飛行士の訓練を経験した。現在はSpace Port Japanで宇宙港や宇宙旅行の活動に関わる。
地域の人が自分たちの課題を解決する過程を支えるコミュニティデザイナー。建築・ランドスケープの設計から、施設を使う人や運営の仕組みへ仕事を広げた。studio-Lを率い、住民参加のまちづくり、福祉、教育に取り組んでいる。
分身ロボットOriHimeなどを開発するオリィ研究所の共同創業者。離れた場所から人が参加できる仕組みを、当事者や技術者と作っている。現在は所長CVOとしてビジョンと研究を担い、業務執行を担う社長CEOと役割を分ける。
銀行で働いた後、58歳からパソコンを学び、2017年にゲームアプリ「hinadan」を公開した。表計算ソフトで図案を描くエクセルアートも紹介する。デジタル機器に不慣れな人が、楽しみながら使うことを支える活動を続けている。
開催日や参加条件から、このテーマに関連するイベントを探せます。ここで紹介する人物が登壇するとは限りません。
現在、確認済みの開催予定はありません。