KEY PERSON PROFILE
国枝 慎吾
くにえだ・しんご / Shingo Kunieda

- 元車いすテニス選手
車いすテニスで、パラリンピックの男子シングルス金メダルを三度獲得した元選手。2022年のウィンブルドン優勝で、四大大会とパラリンピックを全て制した。2023年に引退し、米国での指導を経て、育成や普及に関わっている。
出典 4件
基本情報
- 主な役割
- 元車いすテニス選手
- その他の役割
- 指導者
- その他の役割
- Honda アンバサダー
- 生年
- 1984年
- 出身
- 千葉県柏市
専門テーマ
公開情報と根拠資料から確認できる、代表的な専門領域です。
経歴
確認できる出来事を年代順に掲載しています。転機は年表内に示します。
国枝は11歳で車いすテニスを始め、2001年から国際ツアーを経験した。2004年のアテネ大会では齋田悟司と組んだダブルスで金メダルを獲得。その後は北京、ロンドン、東京の各大会でシングルスの金メダルを得た。2022年にウィンブルドンのシングルスを初めて制し、翌年1月に現役を引退した。2024年から米国で英語を学びながらジュニアを指導し、2025年に帰国。選手として自分のプレーを磨く仕事から、異なる身体や経験を持つ選手へ伝え、競技を広める活動へ進んでいる。
年表
国際ツアーを経験する
車いすテニスの国際ツアーに17歳から参加した。
- 転機
アテネでダブルス金メダル
齋田悟司と組んで、パラリンピックの男子ダブルスを制した。
国際大会を経験する選手 → パラリンピックの金メダルへ
ダブルスでパートナーと結果を得て、その後の単複の競技へ進んだ。
北京でシングルス金メダル
パラリンピックで初めてシングルスの金メダルを獲得した。
ロンドンで連覇
ロンドン大会のシングルスで、二度目の金メダルを獲得した。
ウィンブルドンを初制覇
男子シングルスで優勝し、四大大会とパラリンピックを全て制する生涯ゴールデンスラムを達成した。
- 転機
現役を引退
1月22日、車いすテニスの選手生活からの引退を表明した。
世界で競技を続ける → 現役から引退する
競技の成果を重ねた後、選手としての生活を終える判断をした。
- 転機
米国で学び、指導する
1月から米国で英語を学び、全米テニス協会でジュニア選手の指導を行った。
自ら競技する経験 → 別の選手へ教える経験
学び直しながら、自分とは身体や経験が異なるジュニアへの伝え方を探った。
帰国して育成と普及へ
9月半ばに帰国。講演やジュニア育成などの活動を続けている。
主な戦績と活動
公開資料で確認できる主な仕事です。年表と重なる項目は該当する時期へ案内します。
国際大会での車いすテニス
単複の競技を続け、パラリンピックと四大大会で結果を得た。ダブルスはパートナーとの共同の結果。
経歴の該当項目へ移動 →ジュニア選手の指導
引退後、米国で指導を経験した。2026年の本人取材では、教え子への継続的な助言も説明する。
経歴の該当項目へ移動 →マイ・ワースト・ゲーム
国枝慎吾・稲垣康介の共著。2024年7月刊。出版社の紹介を確認し、本編は未読。
考え方
公開発言と実践をもとに、出典のある論点を編集部が整理しました。
一貫している軸自分のプレーを見直す経験を、引退後の学びと選手の指導へつなぐ。
勝っているときにも問い直す
本人の発言・行動2025年12月のNEC対談では、1位になってからも、コートの外で自分を疑い、分析して更新することを大切にしたと語る。
編集部の読み編集部は、順位だけでは見えない課題を振り返る工夫と読む。勝利の原因を単一の習慣に結びつけない。
自分と違う選手への伝え方を探る
本人の発言・行動2026年8月の取材では、米国のジュニア指導で、身体や競技意識の違いと言葉の伝え方に迷った経験を話す。
編集部の読み編集部は、自分ができたことをそのまま教えるのではなく、相手に合う伝え方を学ぶ経験と読む。本人も答えが見つからなかった点を残す。
本人の言葉で知る
取材・登壇・著書など、本人の発言をたどれる公開資料です。
参考資料
経歴と考え方の確認に使った全資料です。最終参照日と、記載がある場合は公開日も示します。
公式情報
書籍
記事・インタビュー
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