KEY PERSON PROFILE
加藤 陽子
かとう・ようこ / Yoko Kato

- 日本近現代史研究者
日本が戦争へ進んだ過程を、史料から研究する日本近現代史の研究者。東京大学で研究と教育に携わり、『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』で小林秀雄賞を受賞した。著書と対話を通じ、歴史を考える問いを読者に伝える。
出典 4件
基本情報
- 主な役割
- 日本近現代史研究者
- その他の役割
- 東京大学元教授
- 生年
- 1960年
- 出身
- 埼玉県
- 学歴
- 東京大学文学部卒業、博士課程単位取得満期退学、博士(文学)
- 所属歴
- 山梨大学、東京大学(現在は退職教員)
- 主な受賞
- 小林秀雄賞(2010年)
専門テーマ
公開情報と根拠資料から確認できる、代表的な専門領域です。
日本近現代史と戦争
日本が戦争へ進む過程を、外交と軍事などの政策決定を記した史料から研究する。
史料と人の判断
政策と判断の過程を資料から調べ、人間を含む歴史の姿を言葉にする。
歴史を考える講義と著書
高校生への講義や一般向けの著書を通じ、読者が歴史を考える問いを伝える。
経歴
確認できる出来事を年代順に掲載しています。転機は年表内に示します。
加藤は、東京大学で国史を学び、大学院の博士課程を単位取得満期退学した。山梨大学で教えた後、東京大学へ移り、1997年に文学の博士号を取得する。日本が戦争へ進む過程を、外交や軍事の政策決定を記した史料から研究してきた。大学の教育に加え、高校生への講義をまとめた『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』などで、問いを一般の読者へ伝える。現在、大学の人物紹介では退職教員として掲載されている。研究で資料を読むことと、人間の判断を含む歴史の姿を言葉にすることが、著書と対話へつながる経歴である。
年表
博士課程を離れ、大学で教える
博士課程を単位取得満期退学し、山梨大学の講師となった。
- 転機
『模索する1930年代』を刊行
日本の戦争を考える問いを軸に、最初の単著を刊行した。
大学で研究・教育 → 単著で研究の問いを伝える
戦争へ向かう過程を考える研究を、最初の単著として届けた。
- 転機
東京大学へ移る
東京大学文学部助教授として研究と教育に携わった。
山梨大学で研究・教育 → 東京大学で研究・教育
大学を移り、日本近現代史の研究と教育を続けた。
- 転機
小林秀雄賞を受賞する
『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』が小林秀雄賞を受賞した。
史料と大学の講義 → 一般の読者が歴史を考える入口へ
高校生への講義をまとめた著書が受賞し、読者への入口となった。
『となりの史学』を刊行する
戦前日本と世界を考える著書を毎日新聞出版から刊行した。
研究と主な仕事
公開資料で確認できる主な仕事です。年表と重なる項目は該当する時期へ案内します。
模索する1930年代
1993年の最初の単著。大学の本人紹介では、日本が戦争に至る過程を考える研究の出発点として説明している。
経歴の該当項目へ移動 →それでも、日本人は「戦争」を選んだ
高校生への講義から生まれた著書。2010年に小林秀雄賞を受賞した。リンク先は2016年の文庫版。
経歴の該当項目へ移動 →となりの史学――戦前日本と世界
2025年の著書。戦前日本と世界を、資料と歴史の問いから考える。出版社の紹介と目次を確認できる。
経歴の該当項目へ移動 →考え方
公開発言と実践をもとに、出典のある論点を編集部が整理しました。
一貫している軸史料の中の政策と人の判断から、戦争に至る過程を考える。
なぜ戦争へ進んだのかを、政策決定から考える
本人の発言・行動大学の本人紹介では、日本が戦争の道を選んだ過程を研究の問いとし、外交・軍事などの政策決定を記した史料を読み、分析すると説明している。
編集部の読み編集部は、後の結果だけで当時の人を説明せず、判断が形づくられた過程を調べる研究の方法と読む。本人の歴史解釈を、唯一の確定した結論とはしない。
歴史を書く人と、研究を支える仕事に目を向ける
本人の発言・行動2018年の大学の座談会では、人間が書かれた歴史の必要を語り、大学の研究を支える有期の副手などの仕事にも言及している。
編集部の読み編集部は、制度や出来事だけで歴史をまとめず、判断する人と、知を支える仕事にも目を向ける姿勢と読む。他の参加者の発言を加藤のものへ置き換えない。
本人の言葉で知る
取材・登壇・著書など、本人の発言をたどれる公開資料です。
参考資料
経歴と考え方の確認に使った全資料です。最終参照日と、記載がある場合は公開日も示します。
公式情報
書籍
記事・インタビュー
掲載方針
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