KEY PERSON PROFILE
山口 絵理子
やまぐち・えりこ / Eriko Yamaguchi

- MOTHERHOUSE 代表取締役社長兼チーフデザイナー
途上国の素材と職人の技術を使うMOTHERHOUSEの共同創業者でデザイナー。バングラデシュで学び、2006年に会社を始めた。バッグからジュエリー、衣服へ仕事を広げ、現在も経営と各ブランドの商品づくりに携わる。
基本情報
- 主な役割
- MOTHERHOUSE 代表取締役社長兼チーフデザイナー
- 生年
- 1981年
- 出身
- 埼玉県
- 学歴
- 慶應義塾大学総合政策学部、BRAC大学院開発学修士
- 共同創業
- 2006年3月、MOTHERHOUSE
専門テーマ
公開情報と根拠資料から確認できる、代表的な専門領域です。
素材を使う事業づくり
バングラデシュなどの素材と職人の技術を使い、商品を販売する会社を共同で始めた。
バッグと衣服のデザイン
各ブランドのデザインを担い、自分で試作して素材の性質と使いやすさを確かめる。
製造と販売をつなぐ経営
店舗や自社工場、海外販売へ広がった会社で、製造と販売を続ける経営に関わっている。
経歴
確認できる出来事を年代順に掲載しています。転機は年表内に示します。
山口は慶應義塾大学で学び、バングラデシュのBRAC大学院で開発学の修士号を取得した。現地の素材と職人に接し、支援という関係だけでなく商品を届ける事業を考え、2006年にMOTHERHOUSEを共同創業した。バッグづくりから店舗、自社工場、海外の販売へ会社の活動は広がった。ジュエリーや衣服のブランドにも進み、本人は現在、社長とチーフデザイナーを兼ねる。インタビューでは、自分で試作し、素材の性質と使う人の身体、細部の使いやすさを確かめる工程を語る。経営と、手を動かすデザインの両方に関わっている。
年表
日本とバングラデシュで学ぶ
慶應義塾大学総合政策学部を経て、BRAC大学院で開発学の修士号を取得した。
- 転機
MOTHERHOUSEを共同創業
3月に会社を設立。バングラデシュの素材と職人の技術を使う事業を始めた。
開発学を学ぶ → 素材を使う事業を始める
現地との関係を、商品づくりと販売を続ける会社の仕事へ移した。
初店舗と著書
8月に入谷の最初の店舗を開き、9月に『裸でも生きる』を刊行した。
- 転機
会社が自社工場を開設
12月、MOTHERHOUSEがバングラデシュに自社工場を開いた。
商品を作り、販売する → 自社の製造拠点を持つ
会社の仕事に、職人と製造を継続するための拠点づくりが加わった。
- 転機
衣服づくりへ広げる
3月、会社がインドの素材を使うアパレル事業を始めた。
バッグとジュエリー → 衣服のデザインへ広げる
素材を使う仕事が、身につける衣服の設計にも広がった。
e.を開始
8月、会社がアパレルブランドe.を始めた。山口は各ブランドの商品デザインを担う。
事業と主な仕事
公開資料で確認できる主な仕事です。年表と重なる項目は該当する時期へ案内します。
MOTHERHOUSE
2006年に共同創業した会社。山口は経営とデザインを担い、共同創業者や職人、販売のチームと事業を進める。
経歴の該当項目へ移動 →裸でも生きる
2007年の著書。文庫は2015年刊行。出版社の紹介と書誌を確認し、本編は未読。
経歴の該当項目へ移動 →バッグの試作とデザイン
Souの紹介では、本人が一枚の型紙で試作し、素材と使う身体に合わせて細部を調整する工程を説明している。
考え方
公開発言と実践をもとに、出典のある論点を編集部が整理しました。
一貫している軸現地の素材と職人の技術を、使う人が選ぶ商品へつなぐ。
素材と職人から商品を考える
本人の発言・行動2015年の取材で山口は、現地を支援の対象としてだけ見ることに疑問を持ち、素材と職人の技術を商品にする事業を考えた経緯を語る。
編集部の読み編集部は、現地の人と商売をする関係を、継続する事業の出発点として選んだ説明と読む。
手を動かし、細部を確かめる
本人の発言・行動Souについての取材では、本人が型紙から試作し、自然や素材の特徴と、使う人の身体を見ながら細部を調整すると説明している。
編集部の読み編集部は、理念を示すだけでなく、素材と使い方を試作で確かめる制作方法と読む。
本人の言葉で知る
取材・登壇・著書など、本人の発言をたどれる公開資料です。
参考資料
経歴と考え方の確認に使った全資料です。最終参照日と、記載がある場合は公開日も示します。
掲載方針
このページは公開情報にもとづく人物記録です。本人・所属組織との提携や公認を示すものではありません。事実関係の修正や掲載削除のご連絡を受け付け、参照元を確認したうえで対応します。
