KEY PERSON PROFILE
赤木 明登
あかぎ あきと / Akito Akagi
- 塗師
輪島で日常の器をつくる塗師。編集者から転身し、古作の形を写しながら漆器を制作してきた。木地師などとの分業を大切にし、能登半島地震後は工房の再建と技術の継承にも取り組んでいる。
出典 3件
基本情報
- 主な役割
- 塗師
- 出身
- 岡山県浅口市金光町
- 生年
- 1962年
専門テーマ
公開情報と根拠資料から確認できる、代表的な専門領域です。
漆の上塗り
木地や下地を担う職人と分業し、仕上げの上塗りを手がける。塗る前に漆を漉し、ほこりや温湿度に注意して作業する。
古作を写す器づくり
古い器の形を手がかりに、輪郭や色を吟味する。日常で使う器を、現代の住宅の中でどう見せるかも考えている。
木地の技術を受け継ぐ場
震災後の木地師の工房再建を支え、弟子を送り出した。自分の担当工程の外にも、器づくりに欠かせない仕事がある。
経歴
確認できる出来事を年代順に掲載しています。転機は年表内に示します。
1962年、岡山県生まれ。中央大学で哲学を学び、出版社の編集者を務めた。角偉三郎の器に惹かれて輪島を訪ね、1988年に移住。下地職人の岡本進に師事し、1994年に独立して日常の漆器をつくり始めた。古作を写し、現代の住まいに合う形や艶を探る制作を続ける。2024年の能登半島地震後には、共に仕事をしてきた木地師の工房再建を支援し、弟子2名を送り出した。2026年公開の取材でも、産地の分業と技術を次代へ伝える必要を語っている。
年表
- 転機
輪島へ移住し、下地を学ぶ
輪島塗の下地職人・岡本進に弟子入り。角偉三郎の作品との出会いが転身のきっかけになった。
出版社の編集者 → 輪島で学ぶ職人
本人は、漆の魅力に惹かれたことが転身につながったと説明する。
- 転機
独立して器をつくり始める
輪島で和紙を使った漆器づくりを始め、初めての個展を開いた。
下地の技術を学ぶ修業 → 古作を手がかりにする制作
新しさを足す前に、過去の器の美しさを自分の制作に取り込みたいと語る。
木地師との仕事が始まる
後に工房再建を支える木地師と出会う。昔ながらの横木取りの形を、自身の器の制作に用いてきた。
- 転機
被災した木地師の工房を再建する
支援を募って再建を進め、自身の工房から2人が弟子入り。木地の仕事を継ぐ場づくりを支えた。
木地師と協働する器づくり → 工房の再建と技術の継承
自身の上塗りの前にある木地の仕事が途絶えないよう、制作の相手を支えた。
代表作と活動
公開資料で確認できる主な仕事です。年表と重なる項目は該当する時期へ案内します。
飯椀・汁椀
岡山県立美術館が収蔵する、和紙などを用いた輪島紙衣塗の器。
時代四つ椀
岡山県立美術館の収蔵作品。木地に地の粉や綿布を使い、本堅地二色合塗立で仕上げた器。
木地師の工房再建・技術継承
震災で被災した協働先の工房再建を支え、弟子2名が学ぶ機会をつくった。
考え方
公開発言と実践をもとに、出典のある論点を編集部が整理しました。
一貫している軸一人で完結させず、古い器の形と産地の職人の仕事を受け継いで、今使う器をつくる。
古い形の中で、線と艶を吟味する
本人の発言・行動ミサワホームの取材で、古作を写しながら形の由来を考え、わずかな線の違いや色を追求すると語った。
編集部の読み古い形をそのまま保存するだけでなく、今の暮らしで使う器として考え続ける制作と読める。
職人を、取り替えられる部品と見ない
本人の発言・行動2026年公開の取材で、職人はそれぞれの歴史から培われた存在で、分業によって一人ではできない器が生まれると話した。
編集部の読み技術を残すことを、個々の人の経験と協働できる場所を残すことに結び付けている。
本人の言葉で知る
取材・登壇・著書など、本人の発言をたどれる公開資料です。
参考資料
経歴と考え方の確認に使った全資料です。最終参照日と、記載がある場合は公開日も示します。
掲載方針
このページは公開情報にもとづく人物記録です。本人・所属組織との提携や公認を示すものではありません。事実関係の修正や掲載削除のご連絡を受け付け、参照元を確認したうえで対応します。
