KEY PERSON PROFILE
須藤 玲子
すどう れいこ / Reiko Sudo
- テキスタイルデザイナー
日本各地の工場や職人と新しい布を開発するテキスタイルデザイナー。株式会社布代表としてNUNOを率いる。手織りから工業的な布づくりへ進み、素材の可能性を衣服や建築空間にも広げてきた。
出典 3件
基本情報
- 主な役割
- テキスタイルデザイナー
- その他の役割
- 株式会社布 代表
- 出身
- 茨城県石岡市
- 生年
- 1953年
専門テーマ
公開情報と根拠資料から確認できる、代表的な専門領域です。
産地と進める布の開発
日本各地の工場や職人と、織りや後加工を組み合わせる。図案を描く力に加え、技術や生産の仕組みを学ぶことを重視する。
素材を使い切るデザイン
端切れや織り傷のある生地を別の布にする。既存の材料の性質を踏まえ、裁断や縫製の方法を変えている。
建築空間のテキスタイル
建築家と協働し、空間での使い方や必要な性能に応じて布を開発する。設計者との対話と試作を仕事の一部とする。
経歴
確認できる出来事を年代順に掲載しています。転機は年表内に示します。
1953年、茨城県石岡市生まれ。友禅作家を志して日本画を学び、武蔵野美術大学短期大学で織物に出会った。手織り作家として活動しながら寝具の図案を描いていたが、新井淳一との出会いを経て1984年のNUNO開業に参加する。1987年から代表として活動を引き継ぎ、国内の染織産地との共同開発を進めた。1998年のMoMA展に向けた調査では、約10年かけて産地を訪問。2026年9月にはLACMAで、布と制作過程を紹介する展覧会が始まった。
出典 5件
年表
石岡市に生まれる
茨城県石岡市生まれ。高校時代には友禅作家を目指し、日本画を学んだ。
武蔵野美術大学短期大学の専攻科を修了
工芸デザインを学んだ後、大学のテキスタイル研究室で助手を務めた。
- 転機
新井淳一の展覧会を訪ねる
作品に惹かれ、会場で新井と話したことから、新しい布の店への誘いを受けた。
手織りと寝具の図案制作 → 布を直接使い手に届ける店
既製品の図案を請け負う仕事から、布そのものを届ける仕事へ活動を変えた。
NUNOの開業に参加する
契約していた図案の仕事をほぼやめ、六本木AXISで布を売る店の立ち上げに加わった。
- 転機
NUNOを引き継ぐ
新井が経営を離れた後、周囲の支えも受け、スタッフと事業を続けた。
新井と運営するNUNO → スタッフと引き継ぐNUNO
一人で織る経験を生かし、工場の技術と組み合わせて製品をつくる道を探った。
産地調査がMoMAの展覧会につながる
キュレーターと日本各地の染織産地を約10年訪ねた調査が、現代日本のテキスタイル展につながった。
紙巻きを発表する
織り傷のある生地を細く切り、柄状に縫い留めて新しい布にした仕事。
LACMAで展覧会が開幕する
9月20日、須藤とNUNOの活動を紹介する展覧会が開幕。会期は2027年3月7日までと案内されている。
代表作と活動
公開資料で確認できる主な仕事です。年表と重なる項目は該当する時期へ案内します。
羽オーガンジー
薄い二重織りの間に手で羽根を入れる布。工場との試行を重ねて生まれた。
紙巻き
織り傷のあるタフタを細く裁断し、柄状に縫い留めてレース状にしたテキスタイル。
Textile Alchemy: The Art of Reiko Sudō and NUNO
LACMAで、須藤とNUNOの布、材料、試作などを紹介する展覧会。
考え方
公開発言と実践をもとに、出典のある論点を編集部が整理しました。
一貫している軸布の図案から素材と加工へ考えを進め、つくり手と一緒に実現の方法を探す。
使い道が決まったときの再設計
本人の発言・行動2025年の本人取材では、まず布として表したいことを考え、用途が決まると耐久性などに合わせて素材を変える場合があると説明した。
編集部の読み自由な素材の実験と、使われる場所の条件を満たす設計を、別の工程として往復する仕事と読める。
廃棄を避ける工夫から素材選びへ
本人の発言・行動2021年の取材で、端切れの再利用や紙巻きの開発を語る一方、自分がつくってきた混紡の布も見直す必要があると話した。
編集部の読み新しい課題に応じて、過去の制作条件も問い直している。
本人の言葉で知る
取材・登壇・著書など、本人の発言をたどれる公開資料です。
参考資料
経歴と考え方の確認に使った全資料です。最終参照日と、記載がある場合は公開日も示します。
掲載方針
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