KEY PERSON PROFILE
河瀨 直美
かわせ なおみ / Naomi Kawase

- 映画監督
奈良を拠点に活動する映画監督。『萌の朱雀』でカンヌのカメラドール、『殯の森』でグランプリを受賞した。記録映画と劇映画を制作し、なら国際映画祭の運営を通じて、映画を作る人と地域が出会う場にも関わっている。
出典 2件
基本情報
- 主な役割
- 映画監督
- その他の役割
- なら国際映画祭エグゼクティブディレクター
- 活動拠点
- 奈良
- 学びの場
- 大阪写真専門学校
- 映画祭設立
- 2010年 なら国際映画祭
専門テーマ
公開情報と根拠資料から確認できる、代表的な専門領域です。
記録映画と劇映画
身近な人を記録する作品から、俳優と作る長編映画へ制作を広げてきた映画監督。
人と撮影の現場
作品の題材となる人との対話を重ね、劇映画の俳優と実際の現場をどう合わせるか考える。
地域で映画を届ける場
なら国際映画祭を設立し、上映だけでなく学生や制作者が出会う場の運営へ関わっている。
経歴
確認できる出来事を年代順に掲載しています。転機は年表内に示します。
河瀨は1989年に大阪写真専門学校を卒業し、身近な人を記録する映画から制作を始めた。1995年には『につつまれて』『かたつもり』などが注目され、1997年の『萌の朱雀』はカンヌの新人監督の賞を受賞。2000年には『火垂』を発表し、翌年には同名の小説を刊行した。2007年に『殯の森』がカンヌのグランプリを受賞し、2010年にはなら国際映画祭を設立した。『あん』や東京五輪の公式映画などに続き、2026年には『たしかにあった幻』が日本で公開。映画の撮影と、地域で作品を届ける映画祭の双方に取り組んでいる。
年表
- 転機
『萌の朱雀』で新人監督の賞
カンヌでカメラドールを受賞。最優秀作品のパルムドールとは別の賞。
身近な人の記録 → 長編の劇映画へ
記録の経験を持ちながら、俳優と作る長編映画を発表した。
『火垂』を発表
映画を発表し、翌2001年には同名の小説を本人著として刊行した。
- 転機
なら国際映画祭を設立
映画と地域、制作者が出会う場を奈良に作り、運営へ関わってきた。
映画を制作する → 映画祭の運営も担う
作品の制作に加え、地域へ映画を届け、制作者が出会う場を作った。
映画と博覧会の仕事
『たしかにあった幻』がロカルノへ。同年には大阪・関西万博の仕事も担った。
- 転機
新作を日本で公開
『たしかにあった幻』を2月6日に日本で公開。撮影の関係づくりを本人が取材で語る。
新しい題材を選ぶ → 現場の人との関係を築く
撮影前の対話から、劇映画と実際の現場を結びつける過程を考えた。
代表作と活動
公開資料で確認できる主な仕事です。年表と重なる項目は該当する時期へ案内します。
萌の朱雀・殯の森
1997年と2007年の長編。カンヌのカメラドールとグランプリを公式略歴で確認。作品は未鑑賞。
経歴の該当項目へ移動 →なら国際映画祭
2010年設立。本人は運営と地域での出会いの場について語る。告知を開催実績の確認に代えない。
経歴の該当項目へ移動 →たしかにあった幻
2026年2月6日日本公開。監督・脚本と製作体制、撮影についての取材を確認。映画本編は未鑑賞。
経歴の該当項目へ移動 →考え方
公開発言と実践をもとに、出典のある論点を編集部が整理しました。
一貫している軸撮影する人との関係を築き、映画の制作と地域での出会いの場をつなぐ。
出会える場を運営する
本人の発言・行動2026年9月の取材で、映画祭の資金、上映や宿泊、学生の字幕参加など、作品を届けるための運営を説明する。
編集部の読み編集部は、映画を上映する機会に加え、人と人が関われる条件を作る仕事と読む。映画祭全体を一人の成果として評価しない。
当事者と話して現場を作る
本人の発言・行動2026年2月の取材で、新作の制作前から医療者や当事者と話し、俳優と実際の現場を合わせる過程を語る。
編集部の読み編集部は、題材だけでなく撮影する相手との関係を考える姿勢と読む。映画の表現を医療や社会問題の解決効果と同一にはしない。
本人の言葉で知る
取材・登壇・著書など、本人の発言をたどれる公開資料です。
参考資料
経歴と考え方の確認に使った全資料です。最終参照日と、記載がある場合は公開日も示します。
公式情報
書籍
記事・インタビュー
掲載方針
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